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従業員承継の株価:自社株評価から株価算定、計算、資金調達まで-企業成長支援- GDG

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2025.06.13

従業員承継の株価:自社株評価から株価算定、計算、資金調達まで

事業承継を従業員に託す「従業員承継」は、会社の文化やノウハウを引き継ぐ上で非常に有効な選択肢です。しかし、その実現において多くの経営者が直面するのが「株価」という大きな壁です。後継者の資金負担、税金、そして会社の未来を左右する株価問題は、複雑で専門的な知識が求められます。

従業員承継における株価の基本から、非上場株式の評価方法、後継者の負担を軽減するための株価引き下げ対策、さらには資金調達や税制優遇の活用まで、株価にまつわる疑問を解説します。

なぜ従業員承継で「株価」が重要なのか?

従業員承継を考える上で、なぜ株価がこれほどまでに重要な要素となるのでしょうか。

後継者の資金負担とモチベーション

非上場企業の株式は、上場企業のように市場で自由に売買される価格がありません。そのため、会社の価値を適切に評価し、株価を算定する必要があります。しかし、この株価が高額になると、後継者となる従業員は多額の資金を準備しなければなりません。従業員にとって、数百万円、数千万円、場合によっては億単位の資金を自己資金で賄うのは極めて困難です。この資金調達のハードルが、承継の大きな障壁となり、せっかくの優秀な後継者候補が承継を断念するケースも少なくありません。

会社法上の問題と経営支配権の維持

株価が高すぎると、後継者がすべての株式を取得できず、一部の株式が分散したままになる可能性があります。これにより、将来的に株主間の意見対立や経営の意思決定の遅れが生じ、経営支配権が不安定になるリスクがあります。

株価は単なる数字ではなく、後継者の未来、会社の継続性、そして現経営者の引退後の生活設計にまで影響を及ぼす、極めて重要な要素なのです。

非上場株式の主な評価方法と算定基準

非上場株式の株価は、客観的な市場がないため、一定の評価方法に基づいて算定されます。主に税法上の評価方法と、M&Aなどの取引で用いられる評価方法がありますが、ここでは特に従業員承継で重要となる税法上の原則的評価方式を中心に解説します。

会社の状況に応じた評価方法の選択

非上場株式の評価方法は、会社の規模(大会社、中会社、小会社など)や業種、業績によって使い分けられます。大きく分けて「原則的評価方式」と、少数株主などに適用される「特例的評価方式」があります。

原則的評価方式

原則的評価方式は、事業規模の大きい会社や同族株主が保有する株式の評価に用いられます。

類似業種比準価額方式 同業種の上場会社の株価を参考に、評価対象会社の配当、利益、純資産を比較して株価を算定する方法です。客観性が高く、実態に近い評価ができるとされています。市場の動向や同業他社の状況を反映できるため、客観的な評価が期待できますが、比較対象となる類似業種の上場会社が存在しない場合や、事業内容が特殊な場合は適用が難しいことがあります。また、計算要素の調整が複雑です。

純資産価額方式 会社のすべての資産から負債を差し引いた「純資産額」を基準に株価を算定する方法です。貸借対照表上の資産・負債を時価に評価し直すため、会社の真の財産的価値を反映します。会社の財産状態を直接的に評価するため、会社の清算価値に近い評価ができますが、土地などの含み益が大きい会社では、株価が高額になりがちです。また、収益力は反映されません。

併用方式 類似業種比準価額方式と純資産価額方式を、一定の割合で組み合わせて評価する方法です。会社の規模によって、どちらの方式をどれくらいの割合で適用するかが決められています。

特例的評価方式(配当還元方式)

主に、評価会社の経営権に影響を与えない程度の、ごく少数の株式を保有する株主(例えば、従業員持株会の株主など)の株式評価に用いられます。

配当還元方式 評価対象会社が将来支払うと予想される配当金の額を、一定の利率(還元利回り)で割り戻して株価を算定する方法です。原則的評価方式に比べて、一般的に株価が低く評価される傾向にあります。ただし、配当が少ない会社や、配当を行っていない会社には適用できません。また、会社の実態を正確に反映しているとは言えない場合があります。

これらの評価方法を適切に理解し、自社の状況に合った方法を選択することが、適正な株価算定の第一歩となります。

従業員承継における株価対策

後継者の資金負担や税金負担を軽減するために、適正な範囲内で株価を引き下げる対策は、従業員承継において重要です。ここでは、具体的な手法をいくつかご紹介します。

会社の「利益」を調整する対策

株価評価に用いられる「利益」を一時的に圧縮することで、株価を引き下げる効果が期待できます。

現経営者が引退する際に役員退職慰労金を支給することで、会社の利益が減少し、株価が下がります。役員退職慰労金は損金算入されるため、法人税の節税にも繋がります。会社が社宅を借り上げ、役員や従業員に低廉な家賃で提供する社宅の活用も、会社の経費を増やし利益を減少させます。会社が契約者となり、現経営者を被保険者とする生命保険に加入することも、保険料が損金算入され利益を圧縮できます。ただし、解約返戻金が資産計上される場合は、純資産価額方式に影響を与える点に注意が必要です。また、評価時点で含み損を抱える不動産や有価証券などを売却し、損失を計上する含み損のある資産の売却も、利益を圧縮し株価を引き下げる効果を狙えます。

会社の「純資産」を調整する対策

株価評価に用いられる「純資産」を調整することで、株価を引き下げる対策です。

事業に直接関係のない遊休資産や、価値が下落している資産を処分する不要資産の処分も、純資産の圧縮に繋がる場合があります。

会社の「配当」を調整する対策

主に配当還元方式で株価を評価する場合に有効な対策です。

評価時期の直前に配当を減らしたり停止したりすることで、配当還元方式で算定される株価を引き下げることができます。ただし、株主への影響や、株主総会の承認が必要となる点に留意が必要です。

その他の株価対策

種類株式を活用し、議決権を制限した株式や、配当を優先する株式などを発行し、後継者には議決権のある株式を、それ以外の株主には議決権のない株式を割り当てることで、少額の資金で経営支配権を確保しつつ、全体の株価を抑えることが可能です。会社の上に持株会社を設立し、そこに全株式を集約することで、株価評価の対象を分散させたり、将来的な承継を円滑にしたりする持株会社化も、複雑なスキームですが長期的な視点では非常に有効な選択肢となり得ます。また、会社が自社株式を買い取ることで、発行済み株式数を減らし、一株当たりの価値を上昇させずに、全体の株価(発行済み株式数×一株株価)を調整する方法もあります。

これらの株価引き下げ対策は、税務上の専門知識が不可欠であり、実行のタイミングも非常に重要です。必ず税理士などの専門家と連携して進めるようにしてください。

株価問題と資金調達、税制優遇の連動

株価対策は、後継者の資金調達や利用可能な税制優遇制度と密接に連動しています。これらを総合的に検討することが、従業員承継の成功には不可欠です。

MBO(マネジメント・バイアウト)と株価

MBOは、後継者(従業員)が金融機関からの融資などを活用し、現経営者から株式を買い取る手法です。このMBOにおいて、適正な株価算定は資金調達の成否を大きく左右します。

株価が高すぎれば後継者の借入負担が大きくなり、融資自体が困難になる可能性もあります。逆に、株価が不当に低いと税務当局から贈与認定を受けるリスクも生じます。したがって、金融機関の評価も考慮し、適正な株価でMBOを実行するための戦略が求められます。ファンドが関与するMBOでは、株価評価の専門性も高く、資金調達を円滑に進めることができます。

事業承継税制と株価の関係

国の「事業承継税制(特例事業承継税制)」は、非上場株式の承継に伴う相続税・贈与税の納税を猶予・免除する画期的な制度です。従業員承継においても、この制度を活用できる場合があります。

特例事業承継税制は、所定の要件(事業継続要件、雇用維持要件など)を満たすことで、贈与税・相続税が納税猶予される制度です。最終的に後継者が次の承継を行うなど一定の条件を満たせば、猶予された税額が免除されます。この制度の適用を受けるためには、特定の株価要件や、承継する株式の評価額に関する要件があります。株価対策と事業承継税制を組み合わせることで、後継者の税負担を最小限に抑え、円滑な承継を実現することが可能となります。

まとめ:従業員承継の「株価」問題は専門家との連携で乗り越える

従業員承継における株価問題は、後継者の資金負担、税金、そして将来的な経営の安定性に深く関わる、非常に複雑で専門的な課題です。しかし、適切な知識と計画、そして何よりも信頼できる専門家との連携があれば、決して乗り越えられない壁ではありません。

株価の適正な評価、効果的な引き下げ対策、そして資金調達や税制優遇制度の戦略的な活用は、従業員承継を成功に導くための不可欠な要素です。

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