M&Aは利益の何倍?売却価格の目安・算定方法と、その“常識”に潜む罠-企業成長支援- GDG
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2025.06.18
M&Aは利益の何倍?売却価格の目安・算定方法と、その“常識”に潜む罠
中小企業の経営者の皆さまがM&Aを検討する際に、株式価値 (売却価格・買収価格) の計算として、「利益の何倍になるのか」という疑問から検討を始める方は多いでしょう。
本記事では、算定方法として活用される倍率法 (マルチプル) の意味や計算方法、そしてその目安や注意点を解説していきます。中小企業のM&Aで使用されることの多い年倍法についても記載します。
利益の何倍かを示す倍率法においては、平均的な目安としてEBITDAの2倍~5倍程度(算定された企業価値からネットデットを控除した株式価値)でM&Aができるケースが一般的とされることがあります。業界によっても異なり、IT業界では利益の5倍~10倍、建設業界では2倍~3倍などと、倍率が異なります。
しかし、その単純な数字だけを見てM&Aを進めると、企業が持つ本当の価値を見誤り、最適な結果を得る機会を逃してしまうこともあります。企業の価値は足元の利益だけでなく、その利益がどれほど将来にわたって伸びるか、そしてそれがどれだけ確実かなどによって、大きく変化するのが実情です。
株価利益倍率
M&Aの評価では、一般的に「倍率法(マルチプル法)」と呼ばれる手法が使われます。
これは、企業の特定の財務数値に、業界の慣習や類似企業の事例から導き出された「倍率」を掛けて、企業や株式の価値を算出する方法です。
特定の財務数値には、売上高・EBITDA・当期純利益、純資産などが使用され、有名なものでは企業価値/売上高倍率、企業価値/営業利益倍率、株式価値/当期純利益倍率(PER)、株式価値/純資産倍率(PBR)などがあります。
まず、この「価値」に関する基本的な用語を整理しましょう。
企業価値と株式価値
「企業価値」とは、事業活動を行うために企業が持つ資産全体の価値を指し、金融機関からの借入金なども含んだ、その企業全体の価値を意味するのが一般的です。
「株式価値」は、上述の企業価値から、ネットデットと呼ばれる「有利子負債(借入金など)から現預金などを差し引いたもの」を考慮して算出されます。つまり、株主が持つ持ち分の価値、株主にとっての会社の価値のことです。
M&Aで売り手が得る金額は、基本的に後者の株式価値が基準となります。
EBITDAとは
そして、倍率法の計算でよく使われる財務指標がEBITDA(イービットディーエー)です。
EBITDAとは「金利・税金・減価償却費・償却費控除前利益」と訳されます。
EBITDAは、国による税率や会計方針の違いを排除し、企業が本業でどれだけ利益を生み出す力があるかを示す指標として、国際的に広く利用されています。
EBITDA倍率は、EBITDAの「何年分」が会社の「企業価値」に相当するかを示します。
年倍法 (年買法) とは
年倍法 (年買法) は、時価純資産+のれん代=企業価値で計算されます。
のれん代は年間利益に一定年数分を乗じたもので、使用される年数は様々ですが、営業利益の2年分などとされることがあります。この年数倍(何年分の利益を掛けるか)が「年倍法」という名前の由来で、買収価格に何年分の利益を上乗せして支払うかという感覚に基づいています。計算方法が直感的で非常に簡単なため、中小企業オーナーや財務担当者でも最低限の会計知識で理解でき、交渉の目安としてしばしば用いられます。
年倍法 (年買法) は、中小企業庁発刊の、「経営者のための事業承継マニュアル」において、「企業価値の算定方法」としても紹介されています。(外部サイトにジャンプします。)
上記マニュアルでは、企業価値は、資産・負債の状況、収益やキャッシュフローの状況、市場相場の状況などが企業価値を算定する目安とされており、中小企業のM&Aの場合は、時価純資産にのれん代(年間利益に一定年数分を乗じたもの)を加味した評価方法が用いられることが多くなっています、との説明があります。
一方で、中小企業庁における調査では、以下のように、年倍法への留意点も発信されています。
”中小M&Aを進めるという観点から必ずしも否定されるべきものではないと考えられる。一方で、年買法等はあくまで取引価格決定のための値付けの手法であることから、企業価値評価とは区別されるべきものであり、年買法等のみの利用にあたっては年買法等の長所のみならず留意点についても把握する必要があると考えられる。”
(経済産業省中小企業庁委託調査:令和3年度中小企業再生支援・事業承継総合支援事業より抜粋)
さらには、中小企業庁から2025年5月に発刊された「中小M&A市場の改革に向けた方向性について」においては、中小M&Aにおいて取引相場として参照できるデータベースを構築しようという動きが見られます。
中小M&A市場の改革に向けた方向性について (中小企業庁のサイトにジャンプします)
PBRとは
上場している会社においては、時価総額 (株価×発行済株式数除く自己株式などで計算) が、株主資本の何倍になっているかを示すPBRという指標があります。
PBR1.0倍は、時価総額と株主資本がイコールの状態ですが、上場会社のPBRが1倍を割れている会社も少なくないことについては、メディアなどでご覧になったことがあるかもしれません。こうした株式をEBITDA倍率やPERで見ると、実は業界平均に収斂しているといったことがあります。
ここで年倍法の定義を振り返ってみましょう。年倍法で加算される「のれん代」とは一体何でしょうか?これは営業権とも呼ばれ、企業のブランド力やノウハウ、取引関係、人材、技術力など、目に見えない無形資産の価値を表すものです。言い換えると、現在の純資産には現れていない将来の収益創出力に対して支払われる追加の価値が「のれん(営業権)」です。
ここで鍵となるのが、純資産に対する利益の比率、すなわち ROE(自己資本利益率) や ROA(総資産利益率) といった資産効率の指標です。
例えば、純資産が5,000万円で年間利益が1,000万円の会社Aと、純資産同じ5,000万円で利益が500万円の会社Bを比べてみましょう。会社AはROEが20%と高収益ですが、BはROE10%と半分です。このとき、年倍法(例えば4年分)で評価すると:
- 会社A:5,000万円 + 1,000万円×4年 = 9,000万円。
純資産比で見ると PBR(株価純資産倍率) は9,000万÷5,000万=1.8倍
利益比で見ると PER(株価収益率) は9,000万÷1,000万=9倍になります。 - 会社B:5,000万円 + 500万円×4年 = 7,000万円。
PBRは7,000万÷5,000万=1.4倍、
PERは7,000万÷500万=14倍となります。
同じ「4年分のれん」を加算しても、ROEの高い会社Aは純資産に対して価値が大きく膨らみ(PBR1.8倍)ます。一方、ROEの低いBは純資産のわりに利益が少ないため、利益4年分を足してもPBRは1.4倍に留まります。
その代わり、Bは利益が少ない分収益倍率(PER)が高くなってしまいました。これは、年倍法で決まるPBRやPERが、その会社の資産効率(ROE)次第で大きく異なることを意味します。
一般に年倍法で算出されるPBRは「1 + ROE × 年数倍率」、PERは「年数倍率 + (1/ROE)」程度になります(利益を純利益、純資産を自己資本と仮定した場合)
高いROEを叩き出している会社ほど、年倍法評価では純資産に対して大きなのれん価値が付くのに対し、低いROEの会社はほとんど純資産価値と大差ない評価にとどまるのです。
資産効率から見た年倍法の性質は、上場企業の株式市場における評価とも通じるものがあります。一般にROEが高い会社は株式市場でPBRが高くなりやすいことが知られています。年倍法で言えば、ROEが高ければ高いほど「○年分の利益」が大きく、純資産に大きな上乗せがされる状況と似ています。逆にROEの低い会社は市場評価(PBR)が伸び悩みがちですが、年倍法でも同様にのれんが小さくほぼ純資産価値に近い評価になります。
現実には各社でROEも年数倍率も異なるため一概に数値を比較できませんが、自社のROEや業界水準を踏まえて「何年分くらいが妥当か」を考えることは、年倍法を使う上で有用でしょう。
EBITDA倍率はシンプルかつ共通の尺度
なぜEBITDA倍率のような倍率法が、M&Aの実務で広く使われるのでしょうか。
それは、将来のキャッシュフロー予測や割引率といった複雑なパラメータを必要とするDCF(Discounted Cash Flow)法や、ブランド価値のような無形資産の評価と比べると、倍率法が圧倒的にシンプルかつ取り扱いやすいためです。
企業や業界が異なっても「利益の〇倍」という共通の尺度で比較でき、直感的に価値を把握できる「使いやすさ」が、倍率法が多用される最大の理由です。
しかし、この「使いやすさ」は、企業価値を評価する上で「最も理論的に正しい、あるいは適している」ことを意味するものでは決してありません。
例えば特定業界の倍率はおおむね5倍といった場合、業界における平均的な、成長率・利益率・資本構成などが前提となっています。
平均よりも成長率や利益率が高い、あるいは逆に低い場合は、当然ながら倍率は平均から乖離するわけですが、重要なのは、本当に業界内の財務状態が平均に収斂している状況がどの程度あるのか、という点でしょう。
そのため、平均から外れる個別の事情を無視して倍率法だけで判断するのではなく、DCF法や、同じような事業を行っている上場会社の倍率(マルチプル) を参考にするなど、複数の角度から評価するクロスチェックが推奨されるのです。
バフェットも警鐘を鳴らす「EBITDA」の罠とキャッシュフローの本質
投資の神様として知られるウォーレン・バフェットは、EBITDAという指標に依存することの危険性を繰り返し指摘しています。彼は株主への手紙の中で次のように述べています。
“It amazes me how widespread the use of EBITDA has become. People try to dress up financial statements with it.”(EBITDAの利用がいかに広まっているかには驚かされる。人々はそれを使って財務諸表を飾り立てようとする。)
バフェットがこれほどまでにEBITDAを問題視するのは、EBITDAが「減価償却費」を利益に足し戻すことで、企業の真の収益力を誤解させるリスクがあるためです。事業を維持・成長させるためには、将来にわたって新たな設備投資(CAPEX)が必ず必要になります。
例えば、経営者の皆様が新しい機械の導入を検討する際、「この投資で来期の利益は増えるが、投資額を回収するには何年かかるだろうか?」と考えるはずです。この「投資の回収」という、経営の根幹である時間軸の視点が、EBITDAからは抜け落ちてしまうのです。
具体例で考えてみましょう。
EBITDAが共に20億円のA社とB社があるとします。2社を単純に「EBITDAの5倍」という倍率で評価すれば、どちらも企業価値は100億円に見えるかもしれません。しかし、内情を見てみると、A社は事業を維持するために毎年10億円の設備投資が不可欠である一方、B社の設備投資は毎年1億円で済むとします。
A社: EBITDA 20億円 / 減価償却費 8億円 / 設備投資 8億円
B社: EBITDA 20億円 / 減価償却費 1億円 / 設備投資 1億円
この場合、会社が将来にわたって生み出す現金の額(フリー・キャッシュフロー)は、両社で全く異なります。買い手の立場からすれば、同じEBITDAであっても、手元により多くのキャッシュが残るB社の方が、投資回収の観点からは魅力的に映るのではないでしょうか。
今回は設備投資を例にしましたが、他にも運転資本(支払サイト)などもキャッシュフローに大きな影響を及ぼすものの、EBITDAでは計りきれない対象となります。
キャッシュ・コンバージョンとは
ここで重要になるのが「キャッシュ・コンバージョン(FCF変換率)」という考え方です。
これは、EBITDAのうち、どれだけの割合が最終的に企業が自由に使える現金(フリーキャッシュフロー)になったかを示す指標で、企業の「現金を稼ぐ効率」を測るものです。
この比率は、多額の設備投資が常に必要な製造業では低く、逆にソフトウェア産業のように設備投資が少ないビジネスでは高くなる傾向があります。
M&Aの評価において倍率法を使用する場合、EBITDAとキャッシュ・コンバージョンの関係性を分析し、将来にわたってどれだけの現金が本当に手元に残るのかを見極める視点も不可欠です。
財務諸表には現れない「見えない価値」と成長性の重要性
ここまでの議論は、利益やキャッシュフローといった財務指標が中心でした。しかし、ここで一つ重要な事実を認識する必要があります。
それは、これらの数値の基礎となる財務諸表が、あくまで過去の経営活動の結果を記録した静的なレポートであるという点です。特に貸借対照表は「決算日」という一時点における企業の財産状況を示すスナップショットに過ぎません。
M&Aにおける企業価値評価とは、その過去のスナップショットを参考にしつつも、本質的には企業がこれから生み出す未来のキャッシュフローを評価することに他なりません。そして、その未来の価値を大きく左右するのが、財務諸表には直接現れない、以下のような無形資産なのです。
ブランド力: 長い年月をかけて築き上げた信頼や、特定の顧客層からの強い支持。
顧客基盤: 解約率の低い安定したリピート顧客や、強固な関係性を持つ取引先ネットワーク。
技術・ノウハウ: 熟練従業員が持つ独自の製造技術や、他社には真似できないオペレーションの仕組み。
組織文化: 従業員の士気の高さや、変化に迅速に対応できる企業風土。
これらの「見えない価値」こそが、企業の競争優位性の源泉であり、将来にわたって安定したキャッシュフローを生み出すための土台となります。
そして、ひとくくりにブランドと言っても、同一のカテゴリー内でもセグメントごとに成長率が大きく異なる場合は少なくありません。これらも本来は、倍率に反映されるべき要素と言えます。
M&Aにおける企業価値の二つの側面:スタンドアローン評価とシナジー効果
これまでに分析してきた企業の価値は、M&Aのプロセスにおいて、最終的に二つの側面から評価され、価格に反映されます。
スタンドアローン価値(企業単独での価値)
一つは「スタンドアローンでの価値」です。これは、その企業が単独で事業を続けた場合に生み出す価値を指します。財務指標の分析(倍率法、DCF法など)に加え、前述したブランド力などの「見えない価値」もこの評価に含まれます。
このスタンドアローン価値が、交渉の出発点となる売り手企業の基礎価値となります。
シナジー効果
もう一つが、M&Aの価格を大きく左右する「買い手とのシナジー効果」です。これは、売り手企業が買い手企業の傘下に入ることで生まれる「1+1が2以上になる」相乗効果であり、追加的な価値を生み出します。
例えば、買い手の販売網を活用した売上向上(売上シナジー)や、仕入れ・管理部門の統合によるコスト削減(コストシナジー)がこれにあたります。
買い手は、このシナジー効果を見込んで、スタンドアローン評価額にプレミアム(上乗せ価値)を支払います。この、M&Aにおける実際の取得価額と、売り手企業の時価純資産との差額が、会計上の「のれん」として認識され、優れた技術力やブランド、そして明確なシナジーが見込める企業ほど、この「のれん」は大きくなり、結果として高い評価額が実現します。
M&A成功の鍵:上場会社のIRに学ぶ「価値の訴求力」
これまでに分析してきた様々な価値も、相手に伝わらなければ意味がありません。単に良い会社であることと、その良さが評価されることは、残念ながら必ずしもイコールではないのです。
ここで重要になるのが、上場企業におけるIR(インベスター・リレーションズ)活動にも似た、「適切な情報開示と訴求」という視点です。
自社が持つブランド力、技術力、顧客基盤といった無形資産、つまり「強み」を、客観的なデータや第三者にも理解できる説得力のあるストーリーとして整理し、買い手候補に的確に伝えるコミュニケーション戦略が、最終的な評価額を大きく左右します。
M&Aのプロセスは、自社の価値を買い手にプレゼンテーションし、納得してもらう交渉の場でもあります。
需要と供給から考える、評価価額と譲渡価額の違い
M&Aでの取引価額は、究極的には需要と供給(需給)で決定されます。
どれほど理論上の評価額が高くとも、売上が成長していようとも、需要が無ければ価値がつかない場合ことがあります。その逆もしかりです。
つまるところ、評価価額と譲渡価額は異なるということです。
需要が強い会社は、M&Aにおける価格は上がっていく傾向にあります。例えば、スカーシティー価値(希少性)などと言われることもありますが、特定エリアやセグメントにおいて、わずか1社だけが独占的なシェアを持っている場合、その貴重なM&A機会を失うと未来永劫、市場参入が非現実的なものになるという状況の場合、需要による要因で、実態の利益水準での評価額よりも譲渡価額が増加するケースがあります。
また、競合に買収されてしまうと、自社に対するダメージが大きい場合なども、本源的な価値 (評価価額)とは異なる理由で株価が評価される (譲渡価額) 場合もあります。
こうした需給に及ぼす影響は、予め整理したうえで、案件全体の作戦を考えることが必要です。
企業価値評価はアート
重要なのは、企業価値の評価は、極めて多様な要素から構成されるということです。
売り手と買い手の組み合わせによって創出できるシナジー、競争状況、買い手の財務状態や資金調達コストなど、非常に多くの要素が組み合わさったものです。
つまるところ、企業価値の評価とは、理論とアートが組み合わせであり、本来は利益倍率だけで一本化されるものではないということです。
多角的な視点こそが企業価値を最大化する
「利益の何倍か」という問いは、M&Aの価値評価における入り口に過ぎません。業界平均の倍率といっても、現実的には同じ会社は世の中に一つとしてありません。
さらに、財務諸表という過去のスナップショットだけにとらわれず、ブランド力や顧客基盤といった未来の収益の源泉となる強みを言語化すること。そして、その価値を的確に伝えるIRの視点を持ち、訴求すること。最終的には、スタンドアローンでの価値を正確に把握した上で、どのような買い手となら最大のシナジーを生み出せるのかを戦略的に見極める必要があります。
企業の持つ本当の潜在能力を最大限に引き出し、経営者、従業員、そして新たなパートナーの三方にとって最善の結果をもたらすM&Aを実現するためにも、こうした多角的な分析と戦略的な交渉は不可欠といえます。
M&Aの検討は、多くの経営者にとって初めての経験であり、ご不安な点も多いことと存じます。
本記事の内容を踏まえ、ご自身の会社の状況について少し意見を聞いてみたいという方は、どうぞお気軽にご相談ください。
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